アメノヒ












地面と空の両方から圧迫されるような曇天が続いていた。長雨で武蔵森学園中等部の旧校舎はますます薄暗くなっている。廊下が滑りやすくなっているので生徒会は「廊下を走るな」の張り紙を一新した。しかし、それも今しがた笠井の後頭部を走って追い抜きざまに叩いて行った藤代など、廊下は走るためにまっすぐなんだ、な生徒達には効果はない。冷静な判断で笠井は走って追うのを諦め、上履きを素早く脱いでしてやったりとばかりに走ってゆく藤代の後頭部めがけて投げた。距離は足りていたが目標には当たらず、上履きは廊下の真ん中に無様に落ちる。「危ねー!」すぐ近くに高い音を立てて落ちた上履きに驚いて止まり、笠井を振り向き、藤代は信じられないとばかりに大仰に目を剥いてみせる。藤代がそこに留まっていたのは一秒で、笠井がもう片方の上履きに手を掛けようとしたのを見て慌てて逃げ出した。

走る藤代の背中に笠井は念じる。転んでしまえ。

とたん藤代は滑った。笠井が念じた事を若干後悔する間もなく、藤代は盛大に曲がり角で転んだ。





あざが笠井の目の前にある。半端な丈のズボンから伸びてたたまれている裸の膝。右足のそれには紫の跡がついている。昼間廊下で転んだ時にできたあざだ。藤代は膝を抱え目の前にいる笠井に頓着せず雑誌をめくる。二段ベッドの下の段の暗がりにふたりでいる。こんなにふうに接近したら触りたくなるのに、と笠井は藤代の様子を少しうかがう。あいかわらず藤代は雑誌以外に無関心でいた。藤代の了解を得ようが得まいが関係ないのだからとくに意味もなく、笠井は無性に名を呼んでみたくなった。呼んで、こちらに向いた藤代の目に合って、・・・ふいに強烈な疲労を感じて笠井はそこに顔を伏せた。目の前にうずくまったのを訝って藤代は笠井の名を呼ぶ。その声を笠井は意識の境目で聞いた。
「・・・ちょっと」
「うん?」
「・・・横にならせて」
わかった、藤代はそう言い、笠井が寝られるよう場所を空けるべくベッドから降りようとした。その足を笠井は捕らえる。動きが止まり、沈黙が落ちる。
「・・・違って」
沈黙に耐えられずに、藤代を見ることができないまま俯いて笠井は言い訳を呟いた。

(だけど何が、)

「じゃなくて、・・・」

(何が言いたいのだろう、)
笠井は目を強く閉じて言葉を探した。

そういうのがなしで傍にいることはもうできないんだろうか?

言葉にしたい思いに気づくのが恐ろしい。

(きっとお前に今更気付いたのか?と言われるのだ。ずっと俺はそうしたかった。って)
都合よく記憶喪失になってしまいたい。今ここで、二人とも。
(こんな後悔のようなものを持たされるなんてわからなかったんだ。)
数日前のことを思い出す。


**

「あれ、・・・なんで?お前だけ?」
あと三人いるはずの指定場所に遅れてやってきた藤代が笠井がひとりなのを見て訝った。そこは掃除用具をかためて入れてある倉庫で、校長室掃除の生徒はここから箒なんかを運ぶのだ。
「今日は校長室掃除はなくなったんだって」
他がさぼったわけじゃないよ。お前、きっと聞いてないだろうと思ったから待ってた。やっぱ聞いてなかったか・・・、言いながら笠井はもたれていた壁から離れて藤代の前に立つ。掃除がなくなって、笠井も藤代も部活までのぽかりとあいた時間を持て余すことになった。ふーん、と藤代が呟く。沈黙。

藤代はじゃあ行くか、の挨拶代わりに笠井に顔をしかめて見せた。変な顔、いつものように笠井は笑いながら返した。藤代は踵を返し階段下の掃除用具入れの部屋を後にしようとする。


(あ、)

笠井は目の前の空中に舞う塵を目で追う。この軽い糸クズだか何だかは藤代が起こした風に吹き上げられた。

(避けられた)

藤代はここで二人でいることを避けた。
同じくなんでもないように藤代の後を追って歩きながら笠井は考えた。しばらく二人であそこにいたら、何をしたというのだろう。考えていなかったのに、そんなこと、・・・しかし否定すると裏腹に藤代の体温や匂いが襲う。赤みを帯びる皮膚や湿度の高い声や温度を感じる影、知っているけれど今は似つかわしくない、そんなイメージに耐えようと笠井は奥歯を噛締めた。


(どんどん明るいところへ行く・・・)


追いつく気になれない藤代の後ろ姿を、笠井は眩しいものでも見るように眺めた。はっきりとしたものではない。でも本当は彼はこんな後ろめたいイメージとは、かけ離れたところにある。

断られた、ような気持ちになった。ごめんなさいと言われるよりとても丁寧に。それは笠井を傷付けもしなかった。当然のように、まるで、クラスが振り分けられたように、腑に落ちなくても納得させられてしまうような。そうだったのだ。藤代に避けられた。ずっと長い長い間かけて断られた。それが礼儀でもあるように、笠井が追いつくまで待っていたのかもしれない。すまなかったと笠井は思った。

何考えてるんだかぜんぜんわかんない。よく笠井は藤代に言った。
(俺はひょっとして、とても幼稚だったのか。)


**

フラッシュバックするイメージと言葉にしたい思いの洪水に笠井は混乱した。
「傍にいてくれたら、なんか、いいなって、・・・寝やすいっていうか、・・・変だけど」
なかば理解を仰ぐ事を放棄して言葉を投げつける。
「ぜんぜん」
穏やかな否定。複雑に絡まった糸を容易く解けるような声で藤代は答えた。ふざけたような。
(まただ)
そういう藤代の声や表情がよく笠井を居たたまれなくした。
何もかもが彼にとっては取るに足らないことなのではないかと思わされる。考えて苦しんだ末に笠井が出す答えを藤代はもう知っているのではないか。それはどんな時でも。きっとそんなことはないのに、彼にはそう思わせるところがある。藤代といると笠井は彼に何も期待されていないような気になる。自分が折に触れて感じる苛立ちがそこから来る、と笠井が気付いたのは最近の事だった。

「変じゃないよ」

(嘘だ。変に決まっている。俺はお前に関して始まりから終りまできっと変なままだ。どうして慰めようとするのだ。許すのだ。)

しかし考える傍から思考が散っていき、今は笠井の耳には窓の外の雨垂れの音のみが聞こえる。

眠い、眠い、眠いよ。      ・・・寝ればいいじゃん。

藤代は背を丸めて笠井の隣に寝転がる。


静かになると聞こえる雨垂れの音が水溜りを、水色の水溜りを作るイメージになっていく。

(水溜りが作るのは水色の空だ。
雨に塵を流されてきれいに磨かれた空が雲の向こうに準備されている。)

気付かなかった、と笠井は思った。何か、漠然とただ、気付かなかったと。





























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ちょっと救いのあるっぽいはなしを、、、と・・・。なんつうか・・・高田の脳内笠藤にはほんといろいろあるんですけど一種類の終りはこんなかんじ・・・。終りっていうか、これ以降もう友達に戻るってゆうか。戻るというよりやっと友達になれたというか。お互いの存在に慣れるみたいな! もう自分でもほんまはずかしいくらい(ほんまにはずかしい)笠藤の笠井と藤代に肩入れしてるので、ちょっとほっとするのです。あほだね。やっぱホモというのはしんどそうだなあと。・・・あれ〜も〜矛盾してますね。こんなたのしんでるくせにね!あ、これで笠藤妄想終える気はさらさらないんです。。。すいません(笑顔!)

季節感ゼロでごめんなさい。半年くらいギャップあるね〜梅雨のつもりです
中学校とかの細かい設定を捏造、、、








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