「あ」
「痛っ」

やば、今、振り向いた笠井の指先、かすったかも。
・・・とか思ってるうちにぷつりと水色の画用紙に血の滴がまるく落ちた・・・
「わ゛ーーー!!」
「いたーーー!!」
同じ班のやつらも振り向いて焦ってティッシュ!とか保健室!とかぎゃあ血!とか大騒ぎした。今俺たちは校外学習の班別発表のために資料を作っているとこだった。班員五人で画用紙ひっつけて写真貼って説明書いて、・・・めんどくせ・・・!飽きてぼんやりしてた、その目が覚めた。
「ごめん笠井!!」
「だ、大丈夫・・・」
言いつつ血を見て笠井もちょっとひいていた。
右のひとさし指の先押さえて、笠井は保健室に行った。俺は自分のぼんやりしながら持っていたカッターナイフで笠井が怪我をしてしまったことにパニクってうっわーおれのせいじゃん!とか青くなってた。事故だろ、笠井が急に振り向いたんだし。誰のせいだとか変なこというな。とか隣にいた奴に言われてあ、うんたしかにそうなんだけど、でも、笠井の指が一秒でも早く治るなら俺何でもする、とか返した。そいつはふきだして俺の背中をばんばんたたいた。


・・・事故だよ。疑いようもない。
でもカッターナイフの刃をわざと笠井の方に向けてる自分、を、なんだか納得して受け入れてしまいそうな
俺もいるんだ。うしろめたい。


*切った*



何百人も人がいるのに放課後になると学校ってすげー静かになる。ここは部活するとこからも遠いし。四階の美術室は埃っぽくて明るくて静かで、眠くなってもういいかげんにサボテンを塗りつぶした。
「あ〜も〜これでいいや!」
「・・・絵心ないなあお前」
俺の絵を覗き込んで笠井が笑う。勝手に俺のパレットからこげ茶色を取ってほとんど一色で描いた俺のサボテンに影をつけ始めた。
「や・る・き、出ねえ〜」
あくびしながら流し台に筆を放り込む。俺と笠井は写生大会に試合で不参加だったため、別になんでもいいから写生してきなさいという美術の課題を出されてしまった。で、今日から笠井は美術室の一隅を、俺はサボテンの鉢植えを写生しているのだ。どうだ、まじめだろ〜!


「・・・か〜さ〜い〜」
「・・・ハイハイ」
笠井は自分の絵をほったらかして俺のサボテンにとりかかっていた。妙に楽しそうに。も〜笠井は凝りだしたら時間がかかる・・・。
「早く部活行こーぜー」
「うん」
数十秒。
笠井君動く気配なし。
(あ〜も〜)
俺は諦めて流し台の向こうの窓の外、空に目をやった。あーいい天気。青い空。

笠井が隣の水道の蛇口をひねった。
「おわり?」
「終わってない。でもそろそろ行かないと遅くなるし」
言いながら筆を洗いかけた、その笠井の手をひったくった。
「わ〜おまえは洗わんでいい!」
「・・・なんで」
「だってさっき怪我しただろ!しみるだろ!」
俺は血は苦手だ。痛いのもきらいだ。切り傷に水がしみたりとかそういうのとか、そういう痛みとか思い出して顔をしかめた。
「アハハ、そんなに怪我深くなかったよ」
気楽そうに笠井が笑った。
「けど、思いっきり血が・・・ぽたって・・・」
あ、きもちわる・・・。
赤い赤い血の色を思い出してまた顔をしかめる。

笠井の分の筆もいっしょにすすぎ始めた。


・・・笠井が横から抱きついてくるので邪魔だ。
「邪魔。抱きつくな」
「・・・いいじゃん」
「よくない」
「なんで」
「混乱するから」

俺にとってはこれは告白だったのに。告白ってスキダ、のやつじゃなくて、本音をうちあけるほう。本心を、弱みを、見せたのに。白旗揚げたんだ。なのに

「混乱してろ〜」
それはないだろ。

調子に乗るな、笠井。そんなふうになんも考えてないみたいに笑うな。遠慮なく俺を侵略するな。
俺の正面に首尾よく回り込んだ笠井は、いつもするように俺の鎖骨の上のほう、へこんでいるところを服の上から探し当ててそこに鼻の頭を押し付けておちついた。笠井はこれをよくやる。いつも・・・というかちゃんとした意志を知ってからは三回くらいかもしれない。でもそれまで何十回も何百回もされてきた意味のなさそうな接触がそういう意味もこめられてたのか俺にはわからない。いつから俺が混乱させられるようになったのかもわからない。わからない、わからないんだ笠井、俺は、おまえを大事にしたいのか粉々にしたいのかわからない。

俺の背後の蛇口、水が出っぱなしだ、止めないと。でも、ちょっと待っててよ。・・・俺は何を負い目に感じているんだろう?これは決して俺が持っていたカッターの所為で笠井が、とかそういうんじゃなくて。俺の持つ筆から水滴がぽたぽたと床に落ちた。それでも俺は笠井がいつ顔を上げるのか待ち構えている。動けなくなる。何で混乱させられるわけ?なんで笠井の次の行動を待ち構えて全身全霊でアンテナ張って息詰めて感じ取ろうとするわけ?確かなのは笠井がもし今突然俺から離れたら俺はすごく傷付くとかそういうこと。そうだ、もう、自由に動けなくなればいいよ、笠井、ぱーんとかいって血よりも細かく細胞レベルで爆発してはじけとんで、跡形もなくなればいい。そしたら俺は何の罪悪感もなくおまえとサヨナラできる。カッターナイフの刃で切り刻む手間も省けるよ。笠井、笠井
笠井、
こんらんしてるんだよ、おれ、ほんとに、笠井、笠井、
「笠井」
「うん」
何がうんなわけ。何にもわかってないよおまえ、何が、うん?
でもその声がしあわせそうでしあわせそうで

俺はもう諦めるしかないのだろうか。諦めるしかないのか。笠井の指先の傷はすぐ塞がる。多分いくら願ったって笠井は消えてなくならない。

・・・笠井はまだ動かない。・・・寝てんじゃないのこいつ。
俺の右手に掴まれているのが洗いかけの筆の束じゃなくてさっきのカッターだったら狙うところはここだ、おまえの心臓の裏がわ、
でも、
諦めるしかないのだ、俺はここを刺す替わりに撫でるしかない。息の根止める替わりに早く傷が塞がればいいと願うしかない。離れていくのだとしても受け入れるしかないんだ。
ああでもせめてせっかくの指の怪我、傷跡が一筋のこればいいな。笠井の細胞が俺を忘れなければいいな。











































すいません・・・藤代までこんな扱い・・・
変な子ばかり!あぶないですよ!

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