ところで付き合おうと、言ったのは俺だ。
ステレオ
今日は楽しくない練習の日だった。指導陣が揃わず、先輩主導の練習メニューだ。それがわかっていたから、わざとゆっくりして部活に向かう。笠井はする必要のない宿題までやりはじめたりして。
「する必要がないわけじゃないだろ・・・」
律儀に訂正する笠井も、どうせ今日は、みたいなね。
「俺こういう角度の笠井見てんの好き」
笠井の机の前の席に座った。
よくわかんないけど俺は何かほかのことをしてる笠井が好きだ。他のことっていうのは俺にかまってないで物を書いたり読んだり、ぼんやりしてたり、する。
笠井は余計なことを言う俺に黙っている。
こっそりと笠井の机を蹴ってみる。
「やめろ」
案の定すぐばれて思いのほか強い拒否。黙って放置されそうなところを。
「虫歯に響く」
笠井はイー、という口をして顔を顰めてまた続きを書き出した。あっそー、虫歯。虫歯ね。俺は舌の先で自分の口内の治療痕に触れる。
「早いとこ歯医者いかないと痛いぞ〜」
って俺は言われた、誰に言われたんだっけこれ、・・・無意識に机を蹴りつづけていたので叩かれた。
歯の凹凸で舌先が鳴る。
ちょっと思い出したのは穴の中に指が入ってきた時の脱力ととりはだ。
頷くしかなくなる。俺はほもなんだなあとそん時ばかりは納得するあれ。
笠井の頬に手を伸ばす。
「どこが虫歯?」
意図をくみとって笠井はちょっと笑った(ただし嫌な笑い方で)。
物のように頭を引き寄せられる。机についた手のひらの下でプリントがしわになった。わざとにぎった。笠井は気付かない。息継ぎ。笑うつもりが震える声。もうだめだと思う。頭の中がほんと白い。人の声が遠くで聞こえて顔を引くのに離れない。
「部屋だったらなあ、」
俺の言葉はほんと残念そうな声になった。
「帰ったら。今日は早めに」
「・・・けどなんか帰ってからだと萎えそう」
「この露出狂」
窓が全開の教室がいいって?、と笠井はふざけた。
「いいよ」
笠井はなんとも言いがたい表情で固まった。
「いいよね」
笠井の、ボタンをひとつだけ開けた襟元に人差し指をかけた。もう少しひっかければ2こめのボタンは外れる。
・・・逡巡
「あ」
忘れ物をしたときの声で笠井。
「まずいほんとにたった」
音がするんじゃないかってくらいの勢いで俺は覚めた。指を離した。頭痛がするほど顔が熱かった。
「うーわー・・・いつもひどいよな
そうやって、俺のことふりまわすんだ、そうやって、俺にさせるんだよ。好きにさせて、欲しがらせるのはおまえ」
離れて行く指を目が追って。自嘲なのか。ふざけただけ。笠井は笑う。
・・・カーテンの影が濃くなった。日差しが強くなったらしい。
(笠井、目がキラキラしてる)
と、たぶん見当はずれを俺は思っていた。
「そんなことない」
俺は笠井の目を見ている。でもほんとは目が見れない。そういうこと言われるたび、そして笠井がまっすぐ俺を見るたび。そうなのかもしれない。俺はひどいしずるいかもしれない。一応の否定しか口にできない。一応の条件反射。パブロフの犬。唾液ただだらだらと流しつづけ。
「・・・言ってみただけだよ」
影の濃くなった教室で笠井はうつむいて溜息。
「部活行くかぁ」
「・・・行かない」
俺の喉は乾いている。陽はかげりゆく。でもどういうことまででもいいからまだ。喉が乾く。口を開く。そのまま笠井にキスをした。誰かこの廊下を通れ。
入れられようがこすられようがそんなのよりもこうしているのがほんとは一番好きだ。
(甘んじている俺をおまえはわかってるんだろうか?)
なんてこれが傲慢だわかってる。わかってる。
(好きに、なったのは。付き合おうって言ったのは俺だったと、思う)
(・・・でも好きなのは)
でも、だから、俺は毎日怖いのに。俺はただ笠井が俺以上に俺のことを好きでいてくれなくなることを思うたびにからっぽになるのに
なあ。
終
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