落 欲


好きなんだ。俺の世界に引っ張って引き込んでびっくりさせたい。ついでにキスをしたい。
ぎょっとする顔が見たい。見たい。会話が支離滅裂だって頭が益々悪くなったって心配してほしい。何考えてんのって言ってほしい。そんで、馬鹿にして優しい目で笑って欲しい。そうされたら高いところから嬉しくってうっかり落ちるよ。落ちる。落ちて地べたにあおむけに倒れちゃって、俺は地面に沈み込む。それきっと気持ちいい。いいなそれ、いいじゃん、笠井も落ちようよ、そういや笠井ジェットコースター嫌いだった。落ちる感覚がぞっとするって言ってた。一緒に落ちてってくれないのかな。怖いかな。ゆっくりでいいよ。俺が引っ張ってあげるよ。


カタン、音がして見ると校舎の柱の影で煙草を吸っていた生徒が飲みかけのジュース缶に煙草を押し付けて消して、それを蹴飛ばしてこぼした。別に、いいんだそういうの。だってここは校舎の裏側の昇降口で俺の部屋でもないし?別に俺いい人じゃないし・・・。でも、なんかなんかこぼした缶が広く地面を汚して煙草が臭くてその人がのがれるように小走りで、いらいらした。それで、やばいな、ってちょっと思ったのにぜんぜんブレーキにならなくて、その人に追いついて顔も見ずに声を掛けて振り向きざまを殴った。倒れるかと思ったけど、案外好戦的で、知らない相手だけど俺の名前を知っていて、そう俺藤代誠二、喧嘩っていうかあなたを殴りたくて殴っちゃったんですけど(笑)、って俺殴り返されてるんですけど、うっわむかつく、うわあ、殴られて衝撃で見る意志のない景色が見えるって、かなりむかつく。殴られて終わることを体中が否定する、応酬。足元の砂利を掴んだとこまでは覚えてるけどそれ以降脳味噌混線。

走ると鉄の味が口から溢れる。指で触れると爪の先が赤く染まった。顔が横からたくさん衝撃を受けたので歪んだに違いない。熱を持ってる。こういう感覚は、誰もいないところを探しては真正面から自分がぎゅうっとされる時にかんじるぐらぐらと似てる。今はそれをする人がいないので、寂しい。身体の周りがすかすかしてる。痛い。殴るためにグー作った時に自分の手のひらにめり込んだ自分の爪の跡とか緊張した筋とか、倒れた時の衝撃でねじれちゃった膝の周りの感覚とか、痛い。走ると響いてじんじんする殴られたところって色変わっちゃうかもなあ。でもすごくすっきりした。校章で気付いたんだけどあれ相手三年だった。最後手ごたえがよかった。あともうちょっと蹴っとけばよかったかも。でもあんまり時間かかってたらまた相手だって復活してくるし。あー、けどたのしかったー、ってしみじみしてると前方から鬼の形相が来る。俺は立ち止まる。近付いてくる。俺は待つ。適度に空気を含んだ音がして頭真上から衝撃、口から血出してんのに叩くなよ。俺はまた舌を少し噛んでしまった。走って逃げたところで殴ったことがばれないわけがないってわかってた。ばれてもよかったんだけど。なんだかそうやって叩いて叱られて満足した。あとはどこかでぎゅっとしてくれればいいよ笠井。痛いの忘れる。とりあえず反省を見せ罪を軽くするため先生に自首しに来た道を戻る。熱いなあ。隣に笠井がいるから熱いって思うんだエヘヘ〜。どきどきしてにこにこしてると、どうすんだよ、って泣きそうな顔をして笠井が言った。「喧嘩なんかしたのがばれたら最悪は来週の試合だってしゅつじょうていし」、しゅつじょうていし・・・。しゅつじょうていし?
「出場停止!!?」
「そうだよ馬鹿!!」
俺と同じような音量で笠井が怒鳴り返す。叫んだ拍子に口がまたぴりってする。え、えっ?困るんですけど。でもそういえば、そういえば、そういうことってあったかも。ほかの部活で喧嘩で公式戦出場停止って聞いたことあったかも。え〜・・・どうしよう。
考えがまとまらないまま、っていうかまとめられるとも思ってないけど、職員室の講師席でコーチと相対することになった。あの、殴っちゃいました、って言ったら笠井が「こいつ、喧嘩してたんです」、と引き継いでくれた。うん、それそれ。返ってきた答えは「監督には言うな」だった。「俺から話す」・・・あ、そうなの?なんで言っちゃいけないのか?その意味わかんないんですけど、笠井が分かった顔をしたからいいや・・・。

「シラをきれってことだろ」
「え?」
「おまえは試合に出たくないのか」
いやいや、ううん?
「だったら聞かれるまで喧嘩のことは言うな。聞かれたら殴られたってことにしろ」

笠井は賢い。大体のことは、言う通りにしてればうまくいく。


「藤代、どうして殴られたのかわかるか?」
練習中、俺は監督に呼ばれた。
あ、殴った、喧嘩した、が殴られた、に変わってる。笠井賢い。
「知りません」
目をまっすぐ見ると人をだませるって。そうやって見てると監督が一瞬だけ悲しそうな顔をした気がした。なんて、それ、気のせいだ。だって知らないわけないじゃん?俺は全体的に顔がじくじくしていたけれど、殴った相手だって怪我してただろうし。裏門だけど人も通るところで、休み時間に、喧嘩してたってことはやっぱばれててHR前には担任から聞かれていた。監督だって俺が悪いってわかってて俺に確認するんだ。そうか、とか言って監督は目を逸らして行ってしまった。これでもう、俺が殴りかかった三年はいちゃもんつけてきたんだっとかなんとか、それで片付けて、俺は来週の公式試合でにこにこして点とって狭いフィールド走ってればいいんだ。幸い校内のこと。悲しそうな一瞬、なんて気のせい・・・俺が悲しい。想像の中の監督を潰す。コーチを潰す。むかついたあの三年を潰す。笠井を、笠井は、

そういや笠井はとても不機嫌だった。俺にこうすればいいって教えたのは笠井なのに。でも、うん、俺だって分かってる。ずるいってわかってる。だって俺は人殴ってすっきりした上に試合ですっきりすることも許してもらったんだ。よな。そんで笠井は、俺が特別だって、他の奴が喧嘩したんだったら出場停止とかの確率は上がるって、たとえば自分だったらって、余計なこと考えて。るんだろ。どうせ。

俺の前ではフィールドも学校も世界だって小さくなる!俺はこの小さい世界しか知らない。
俺が見る世界しか見えない。笠井に俺の小さい世界を見せてどういう顔するか、すごく知りたい。でもそれって、無理なのかもしれないって、実は思ってる。でも、それでも、俺欲張りで、それ自覚してるんだけど、何が言いたいかっていうと、笠井に許して欲しい。嘘をうまくつけてごめん。そんで欲しいものがある。

夕飯後、部屋の机に向かっている笠井の背後で息を吸い込んでしばらく止めてから意を決して。
「許してよ。もう」
それだけで伝わるって思ったので単純な事しか言わない。許しを請うのはなんだかはずかしい。
・・・おまえが悪いわけじゃない、と振り返らずに、俺を見ずに笠井が硬い声で言う。「悪いのはおまえの、」
その次、何を言うつもりだったんだろう、ってなんか、思うけど、それはどうでもいい。俺が悪くないって思うんなら疲れたから俺を慰めてほしい。ベッドまで引っ張る。キスをして、ほっぺた同士をこすりつけて、頭を抱く。自分を全身でゆっくり圧迫するぬくもりに目眩がする。これが欲しかったんだ。幸せすぎて死んだらどうしよう。好きだよって言おうとして、でもそれができないくらい頭がぼうっとしてた。暖かくて、やわらかくなって、触れているところからどろどろ溶けていったりするんじゃないの。溶けたらそれでもきっと幸せだ。もう小さい世界を見なくてもいい。笠井に見せなくちゃなんて思いに駆られることもなく。どろどろになって地面の低いところまで落ちて流れていく。一番低いところまで這って、誰にも見つからないようにして、潜んでいたい、負けたり殺したりしないところで、ぬくもりを忘れないままで潜んでいたい。そのときこっそり笠井の一部分を持って潜むことにしよう、かな、あ、気持ちいい。
好きだよ。



 

 

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