小さい頃、砦だった親の腕の中から斜めうしろにちらちらと見た世界は全部柔らかくて、思い通りに形を変えた。可変。触ったこと無かったから。でもコンロの火は熱いとか、コンクリートでこけたら痛いとか、あんまり柔らかくない人間とか、触ったらわかってきたこと。ああ、あと触れないものもある。とかね。抱っこされてゆらゆら寝てた時はそんなのわからなかった。



世 界 の 定 義 





突然凶暴な思いが頭をもたげて、膝の上の顔面に物を落してやろうと思う。それは机の上の辞典なんかがすごく手ごろかもしれない、それ新しくて箱の角尖ってるやつだから、箱ごと。あまりにも空気が穏やかで、自分まで寝てしまう・・・(今、何時だろ・・・あ、 10時34分)




たまたま見える位置に転がっている目覚し時計がそう表示する。穏やかな春の午前中、室内に入る光は薄いカーテンを通り抜けてとても白い。一瞬想像した攻撃を笠井は実行しなかった。まばたきひとつ、で我にかえる。
(眠い・・・ほんと・・・)

「ふーじーしーろー・・・」
自分ばかり起きているのは不公平だ起こそう(というか起きてるんじゃないの)と笠井は思った。だけど最後のほうには甘やかす口調になっていて、叩くつもりの手は藤代の額を撫でた。これでは却って寝かしつけるようなもので、笠井は自分もまた余計に眠くなってしまった。

(くそ・・・シャーペンさすぞ)

古典がわからないと言って宿題をひろげさせたのは藤代だったのに、と笠井は思う。でもそれ以上に、膝の上の穏やかな表情を見るにつれ凶暴な気持ちになるのはきっとさっき聞いた言葉のせいだ。人生に(たかが14年だ)(なんて言うな)ままならない、などとなにかのついでにため息をついた笠井に藤代は「俺、俺のために世界がいろいろ準備してる気がするんだ」、うんうん とひとりで自分の言葉に頷いて笑顔で遠くを見る目をする。(のだ、なんだそれああイライラする。)
藤代は続けて言った。

「ちっちゃい頃から思ってたんだけどさーどっかの国の戦争も友達の喧嘩も全部俺に見せるための芝居なんじゃないかな?えねえちけーもせんせいもものすっごく口裏あわせてんのそーゆうことにしとこうって。なー笠井は俺と友達になるために誰かに教えられてここにいるんじゃないの?俺に言っちゃダメな秘密を隠してるんじゃないの?パンダの背中にはチャックがあるんじゃないの?」

相変わらず笑顔の藤代から軽快な言葉たち。傷つける気持ちは無く(その必要もなく)。ありったけの軽蔑をこめてよく言う「は?」という言葉さえ笠井は出せなかった。

(てゆかなんでパンダ?)
(なあ俺っておまえの何なの)
(パンダ?)
(パンダのチャックと同列?)
(今までの話を統合すると俺は藤代のための芝居の登場人物に過ぎない。)
(なんて悩む

”俺”笠井竹巳
(たぶん脇役:男:友人:ホモ:変態:三白眼:神経質:・・・きりがない

これも藤代のためのシナリオどおりだったりして、って)




それなら、今は見えない糸が俺の腕を吊り上げて操って藤代の額をゆっくり撫でさせているところ。




手のひらの下の藤代の顔が笑ったように笠井は思った。だるそうに腕を持ち上げた藤代は笠井の腰にそれを絡み付けて、臍のあたりに顔を押し付ける。感触に不本意に身体がざわついて息が詰まって笠井はちょっと負けた気になる。
「やろっか?」
藤代はTシャツごしに笠井の下腹に口付けながら笑いながら火種を落とす。
「・・・やだよこんな明るいうちから」
不機嫌に笠井が言うと午前中の光よりもっと明るく藤代は笑った。そんな気ないんじゃないのかっていうくらいに。
「いいよーじゃあ暗くなったらしよう」
どちらかといえば操られているのは目の前のこの友人によってで、今でもできるきっと。身体は疼く。あの感触、を求めて疼いてくる。まんまと火がつく。それが恥かしくて笠井は言い訳した。明るいのもいいかもしれない。はっきりしていてきっともっと欲情する。笠井は思いつきで藤代の服を捲り上げて背中を撫でた。引き寄せて撫でるとわかる、藤代の肌はよく知っている匂いがする。自分だって同い年なのに笠井はなんとなく子供の匂いだと思っていた。でもそれは触るとねじれて消えていく。自分の匂いで霧散するのだ。思うと衝動が増す。笠井を見上げる藤代は少し気持ちよさそうな目になる。

「どうしてほしい?」
どっかで聞いた、ような言葉の真似をする笠井に間髪いれず
「どうしたい?」
と、聞いておいて、膝枕もう一回やって、と藤代はまたずるずると床に広がり、笠井の膝に容赦なく頭を預けてくる。嫌だ重いしびれる。窒息させてやる、そう言って笠井が鼻の穴と口をふさいだら藤代はやや本気で生命の危機を感じて暴れた。


(どうしたいかなんて俺に聞くなよ。俺には決定権なんてないんだろ。誰かがおまえのなんかになれと俺に教えたって思うんだろ。俺があのたった十数秒の言葉を引きずるなんておまえは知らないんだろ。)


分かち合えない(んじゃなくて分かち合う気がないんだ)藤代は、俺の一方的なもどかしさを、永遠に知らない。たとえば客席とかどっかそういうとこで見てるだけ。

・・・あ そうだ藤代が俺の俺に見せるための芝居の登場人物、だったなら?



俺 と 藤 代 が 出 会 う シ ナ リ オ を ( 俺 と 藤 代 の た め に ) 作 っ た の は 神 様 

と か じ ゃ な く て も っ と き っ と 大 き く て 次 元 が 違 く て 人 間 な ん か じ ゃ 

考 え る こ と も で き な い く ら い の 。 ま だ 誰 も 考 え つ か な く て ま だ 名 前 

の つ い て な い 存 在 が 作 っ た 。 そ れ は 宇 宙 だ っ て 作 っ た 。 
に 違 い な い 。



延々と全人類ひとりずつのために、



あーとりあえずは俺たちのためお芝居はただ続くのだ淡々と時にたったひとりの(それは俺でありおまえであり)観客を飲み込みながらもずっと で 
それがこの世界の定義だ ! 

なんて そーだいな事思う俺藤代に毒されてしまったんだなうん、うん・・・
眠い・・・。

午前10時48分
まだ全然暗くならない

(・・・さっきうんって言えばよかった)



















攻めが明るさを気にするってどうなんでしょう

 

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