4 殺気立つと活気付くが同意の屯所は、仕事が決まってからはいつもの巡回に行くって言うだけなのに皆やたら威勢がよくてはらはらさせられる。大仕事だって露見するんじゃないのか。日ごろくすぶっているだけに。 それにしても俺は事務処理だ。 書庫で厠で、やっぱり視界に壁もふすまもものともせずどこかへ向かうかつて人だったものを見ながら。・・・思い立って厠で出会った大工に話しかけてみたが軽く無視を受けた。 正午をいくらも過ぎぬころに門前で急ブレーキの音がした。ざわめきが伝わってくる。 「山崎さん」 障子がひらいて俺は今まで一言二言しか話した事の無い新入り隊士に話しかけられた。確かこいつも巡回に出ていたはずだ。 「どうしました?」 「沖田隊長が倒れました」 「いきなり、お前にあいつが見えるか、って言われて・・・疲れてるんだろうかね、って、俺何のことかわからなかったんですけど、多分、山崎さんみたいに見えたんだと思います、幽霊が」 その新入りはぼそぼそと人の目を見ずに話す。こいつよくウチに入る気になったなと見当外れを考えながら沖田さんを看る。 「そんでいきなり、倒れたんです」 震える手で沖田隊長の刀を握ったまま。その刀を受け取り、掛台に向かう。沖田さんがここ最近病気を持っていたなんて聞いたことない。だとしたら、その見えたという幻覚が原因なのか。じゃあ俺はどうなんだよと自問自答もしながら、俺は新入りを下がらせた。 「山崎」 かすれる声がしてふりかえると、沖田さんがぽっかり目を開けていた。 「あいつは?」 「一緒に帰ってきた新入りですか?下がらせましたけど・・・」 「つれてきて」 「え?」 「あいつが居ないと、俺また見ちまう」 良く聞こえずに近寄ったら、沖田さんの冷たい指先が俺の手首を掴んだ。鬼気迫る。あの新入りがなんだというのだ。 「どうしたんですか。しっかりしてください、沖田さんも幻覚見たんですか?」 からかうつもりで言った。 「あいつが消したんだ。見たくない。・・・頼むから」 話すのが辛そうに沖田さんは目を閉じた。まつげが震える。 頼むから?隊長が俺にそんなことを言ったことはあっただろうか。 私服に着替えさせたその新入りを沖田隊長の部屋に残して俺は仕事に戻った。沖田さんはめまいを訴えている。 鬼の霍乱だろう。まさしく。必要以上に不吉なだけで。 午後、もうひとつ出来事があった。隣の家の当主が亡くなった。屯所はこの人の土地を間借りしているも同然で、何がそんなに気に入ったのか、身元保証が必要ならば若い隊士の分まで保証をしてやるほど、俺たちの面倒を見てくれた。・・・そんなわけでその御仁の御ん前では刀を隠して敬礼したくなる。 その日のうちにとなりで通夜が出ることになった。明日は葬式。巡回から帰って報告を受けた局長は頭を掻いた。 「八木さんには世話になったもんなぁ・・・葬式には居ねえとな・・・」 「しかも明日の仕事は表向きには秘密だもんよ、アンタは八木さんとこで神妙な顔してるべきだよ」 「なんだその言い方は!俺は本当に悲しいぞ!八木さんは俺らにとっちゃ江戸のおやじさん的な・・・」 副長はことさらゆっくりと煙を吐いた。気を取り直して、局長。 「明日の指揮はおまえに一任、だ」 「了解です局長」 「・・・と、え〜〜俺は・・・」 報告に来て座りこんだ、たたみ一畳向こうから俺はおそるおそる手を挙げてみる。 「ちょうど良いからオマエは八木さんちで葬式の手伝いでもしろ」 「えええええええ!?ちょっ 俺の頭に入ってる図面をムダにするつもりですか副長!?」 「あー助かった助かった。山崎、俺の礼服都合してきてくれよ、ハイ財布」 「ほんっっとうに、俺居なくて大丈夫なんすか!?」 「・・・おまえ何様?」 「だって!あの旅館潜入した回数俺誰より多いっすよ!?俺使えますよ!?いいんすか!?」 新品の紋付を力任せに広げた。 「沖田隊長だってあの調子だと明日は無理なんじゃないですか・・・ほんと、わけわかんないですけど、」 言おうか一瞬逡巡。 「沖田さんも、見たかなんかで、それにあてられたのかも」 軽く言った。 「八木のオヤジも死ぬ前に見たらしいぞ。 ・・・女」 はっ? 「お迎えがきたんじゃねえの、総悟にも」 そうなんです、へんなこと言わないで頂戴って、ねえ、でもあの時はもうあぶなかったですから、・・・ほんとうと夢の区別がつかなくなったんじゃないかしらって息子とも話していたんです。そうだわ・・・「急いでいるなら先に行ったらいい」って、その女の人に話しかけてたんです。 (そうして、八木のおやじさんは後から女について行ったのだろうか?) 話してくれた若い奥さんに礼を言って、ついでにうまいこと女中さん達に使われて蔵の中から食器を引っ張り出して埃まみれになって、俺は沖田さんの様子を見に行こうと思った。 悔しいが戦力として俺が抜けたってそうかわりはないだろう。だけど沖田さんの戦力は大きい。 「寝てらっしゃいますよ」 障子に手をかける直前に声を掛けられた。内側から障子が開き、新入りが顔を出した。目が合うがすぐに外された。・・・こみ上げるこの嫌悪感。人の目を見て話さんかァァ若造! ・・・・・・。 「様子は?」 新入りは足音ひとつ立てずに廊下に出て、静かに障子を閉めた。 しばらく沈黙。 「よくわかりません」 「隊長は、その〜・・・君が“消した”って言ってたんだけど」 眉間を寄せて彼は首を傾げた。 「傍を離れるなとは言われました・・・困るんですが」 障子の隙間から見えた沖田さんの、目の周りが落ち窪んでいた。ああ、 いやだいやだ、すがりつく弱気な沖田さん?(こんな新入りにまで?)ありえん。 |
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